秋もたけなわ 〜前哨戦
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


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気がつけば、
あの苛酷だった猛暑や残暑が
遥かに遠い過日の出来事だったかのように。
上着なしには出掛けられない、
涼しい以上の冷ややかな感触まとい、
冴え冴えとした風の吹き抜ける日々が訪れており。
この秋冬は
モノトーンや ゆるいけどトラッドな装いが
女子の間では流行るらしいと言われつつ、
春夏からの延長か、
チュニックやクロップパンツが依然としてあふれていた街にも、
ブーツにニット、首回りにはストールといういで立ちが、
ぼちぼちと見受けられる今日このごろ。

 「天誅っ。」

某JR駅の昼下がりのプラットホームへと快速列車がすべり込み、
平日のそんな時間帯だというに、
結構な数の乗客たちが開いた扉から切れ目なくのぞろぞろと
降り立って来るその尻尾あたり。
ホームで待っていた側の皆様が、
彼らの流れを見極め、
じゃあ乗り込みましょうかと踏み出しかかった、
その機先を制すように轟いたのが先の一喝であり。
しかも、
結構な勢いがあったお声だけじゃあなく、

 「うわぁっっ!」

ドーンッという効果音のロゴが
目に見える物体としてくっついててもいいくらいの勢いよく。
人ひとりが車内から文字通り吹っ飛んで出て来たのだから、
たまたま居合わせたことから目撃者になってしまった皆様が
その場へ凍ったように立ち止まってしまったのも無理はなく。

 「久蔵殿、過激です。」
 「……。」
 「ちゃんと受け身を取りやすい角度で蹴ったってですか?」
 「人の流れにも当ててはないですが、それでもねぇ…。」

とりあえず足は降ろして、と。
さほど広くはない空間でありながらも、
スキニーの柔軟強度試験だったら十分合格したほど
腿からというきっちりと、
片脚を高々上げての
思い切り横へ蹴り出す上段蹴りを決めたらしい、
綿毛のような金髪に色白な美少女をどうどうと宥めた傍らで。
別の…うつむき加減の制服姿の少女とそのお友達らしい子を、
さあさ降りましょうと促す二人ほど。
半分ほどは私服だとはいえ、
いづれも同じような年頃の女子高生たちであり。
見るからに怒り心頭な様相の少女を先頭に、
やはり胸を張っての勇んで降りて来た顔触れと、
傷心に肩を落としている少女までいるあたり。
そんな彼女らの様子から導き出せることいったら…、

 「女性の体に無闇に触れるから、罰が当たったんですよ。」

ホームに尻餅ついてるサラリーマン風の男性へ向けて、
赤毛のお嬢さんがびしぃっと指差しつつも言ってのけた一言で、
周辺の人々が“ああやっぱり”と、呆れたり嫌悪のお顔を作ったり。
立錐の余地のないほどにぎゅうぎゅう詰めとなる、
朝晩の通学通勤ラッシュ時ではなかったとはいえ、
座席も埋まり、身じろぎがそのまま周辺の人々へ伝わるくらいの
ちょっとした混みようだった車内にて。
うら若き女子高生を相手に、
そういった良からぬ行為に及んでいた けしからぬ輩を、
見とがめてのそのまま、
くどいようだが 文字通り蹴り出した
勇ましいお嬢さんたちだったようで。
何とも乱暴な捕り物だったが、
かくかくしかじかな部分をこうして綴っているうちにも、
ドアがすーっと閉じて発車してしまった快速列車。
ここで降りて話をつけようじゃないかと詰め寄った彼女らへ、
知らぬ存ぜぬと惚けかかったもんだから、
てーいとっとと降りやがれとばかり、
手っ取り早く排除行動に出た、
相変わらず無言実行・即断即効の紅ばらさんへ、

 「何しやがんだ、これって立派な暴行じゃないか。」

薄手の通勤かばんを懐ろに抱きかかえ、
アスファルト仕様のホームから起き上がるより先、
こんな無体をされたと開き直りたいものか。
都合5人ほどの女子高生たちへ向けて、
声高にわめき始めたサラリーマンさんであり。

 「第一、俺が触ったって証拠でもあるのか?
  随分と混んでた上に、あんたらも皆立ってたんだ、
  腰回りなんて高さ、見てなかっただろうがよ。」

百歩譲って痴漢は出たかもしれないが、それってホントに俺なのか?と
冤罪だったらどうすんだという方向へ、
聞こえよがしに訴え始めたようだったけれど。
そして、
被害に遭ったらしい少女が
肩をすくめてますます小さくなってしまったのを、
抱きしめるようにして励ましつつ、

 「気の弱い子に目をつけたくらいだから、場慣れしてますわね。」

今度はこちら様も、
むっかりのゲインが一気にドーンと上がったらしい白百合さんが、
やや冷ややかな声を放ちつつ、青玻璃の双眸を細く細く尖らせて見せ。
その傍らからは、

 「そういう言い逃れ程度では逃れられない証拠がありますが。」

チッチッチッと、立てた人差し指を振り振り、
小柄なひなげしさんが
提げ紐を体の前へと斜めがけしていたカバンから取り出したのが、
小ぶりのタブレット端末だったりし。
液晶画面へと呼び出されたのは、最初こそ薄暗かった画面だが、
照度調整も速やかに、
布が重なり合ってる空間がそりゃあ鮮明に映し出されると、

 「う…。」

威勢よくがなりかかっていた男が、途端に声を萎ませる。

 「スカートの柄だってはっきりしてますし、
  こっちのスーツの袖口の色は、間違いなくあなたのそれのですよね?
  結構な数が着てるだろう制服なんだから、
  別な子で撮ったブラフ画像だ…っていうのも通りませんよ?」

見ているうち、
さわさわ紛らわしくも怪しく動いてた男の手を
横合いからむんずと掴んだ手があって。

 「ほら、これってさっき
  車内であなたを万歳させた久蔵殿の手ですしね。
  中指に今朝もらったばっかだっていう、
  グラハムブルーのオーダーメイドのリングしてますから、
  昨日や一昨日撮ったよな、既存画像じゃありません。」

何なら贈ったお人から注文票を見せてもらってもいい、
それをもって、
今日も今日、今さっきの動画に間違いはないと、
理路整然とした断言を突きつける、
気がつきゃ両目開眼状態だったひなげしさんであり。

 「ちなみにこの動画は、
  あたしがすぐ横で降ろしてた手へ装備していた、
  このブレスレットで撮りました。」

ちょっと見、腕時計タイプの、幅のあるブレスレットは、
くすんだいぶし銀の輪環の真ん中に、トルコ石が象眼されていたのだが。
その内側に実はマイクロカメラが内蔵されてるのだそうで。

 「凄いですよね。
  この性能なら、
  鉄道警察の皆さんにも満足いただけますよ?」

 「いやいや、世の盗撮マニアには
  もっととんでもないもの携帯してる強わものもいるそうで。」

実は痴漢対策への協力なんだよ〜んと、
さりげなく匂わせる会話にしたのは咄嗟の機転。
というのも、
設置を高らかに謳う防犯カメラと違い、
勝手にこっそりと撮影したものだけに、
証拠能力を問う以前の代物だ…とねじ込まれる恐れもあった。
そこに途中で気がついたらしい七郎次からの言い回しに、
平八の側もちゃっかりと乗っかった末という畳みかけ。
こういうところを申し合わせなしに、
ちらという目配せだけでこなせるのが不思議なくらい、
実際には ほんの数年分しか蓄積を持ち合わない間柄であるのにね。

 前世という遥か遠いところで結ばれていた、
 無敵の絆で呼ばれたかのように再会果たした顔触れの、
 史上最強かも知れない女子高生のお嬢様がた。
 今日も今日とて、溌剌とお元気だった……ようなのだけれども




    ◇◇◇



さすがにこうまで至れり尽くせり、
いやいや これこそ踏んだり蹴ったりかもという
逃れようのない最強の目撃者に取っ捕まってしまっては、
観念するしかない痴漢のサラリーマンだったようで。
駅員さんへと突き出しに、
5人揃ってぞろぞろとホームを移動し、
階段降りての駅長室までを歩んでゆけば、

 「あれ? おシチちゃ…草野さんたちじゃないか。」

見通しよくもガラス張りの乗務員室の中から
こちらへ先に気づいたらしい人物が、
ドアを開けつつ名指しで気安いお声をかけてくる。
萎れていても万が一 逃げ出すやも知れぬとの用心から、
今の今、引き連れて来た不埒な奴とは正反対で、
それは誠実そうな凛々しい表情も頼もしい、
かっちりとスーツを着こなす好男子の彼こそは、

 「あら、佐伯さんじゃないですか。」
 「ここって警視庁の管内でしたっけ?」

ちょくちょくお見かけしますよねという
遠回しな言いようを、
彼から言われるより先、
こちらから口にしたひなげしさんだったのは。
何もこちらの痴漢男への
脅しのダメ押しのつもりなんかじゃなかったが、

 「〜〜〜っ。」

警視庁と聞いて、
何だよそこまで周到だったのかとでも思ったか。
びくくっと震え上がったその動作が届いたことで、
ああそうだったと、こっちの事情の容疑者も同伴だったの思い出し、
まずは片付けにゃあと…駅員さんへの話を通してもらって、
一通りの事情聴取にも立ち会っての さて。

 「相変わらずに活動的なようだね、皆さん。」

お礼はいいから、万が一にも後々に何か持ち上がったなら、
それこそ連絡して来てくださいませね、
それってアタシたちのお節介が原因に違いないんですからねと、
被害に遭った子ではなく、連れのお友達にこそりと念押ししてから、
やっとのこと、乗務員室のお外へ出て来た三人娘へ、
ちゃんと待ってて下さったらしい
佐伯刑事が改めてのお声を掛けて来たのへは、だが。
今日は大人しめの秋らしいいで立ち、
ゆるめの軽やか素材仕立て、
後ろ側のセンターだけ、
燕尾服のようにちょいと長くされてあるマキシスカートに。
シンプルなシルクのTシャツ風アンダーと、
逆に表情のある
フリルや飾り編みのニットのカーディガンを合わせてまとった、
シックな装いの七郎次お嬢様が、

 「…もしかして、アタシたちに何かお話がおありでしょうか。」

日頃の愛想のよさはどこへやら、
ちろりんと上目遣いになって、
疑惑の気配満タンなお言いようを寄せ。
しかもそれへと、

 「お。」

風通しのいい通路は、
真上に位置するホームを通過する列車の
停車&発車音で結構なにぎやかさだというに。
間近まで寄り添ってもない距離を残しつつ、
しっかと聞き届いたらしい反応をして見せる佐伯さんで。

 「よく判ったねぇ。」
 「だって、捜査一課の刑事さんが こうまでぼんやりと
  女子高生の御用が済むのを待ってるほど
  お暇なはずないじゃないですか。」

だのに、駅員さんへの説明からという段取りをもどかしいとしてのこと、
こちらの鉄道公安官の方々へ前倒しで連絡して、
話を早く進ませよとかどうとか
口添えすることだって出来なくもなかったんでしょうに。
それをしなかったってことは、

 「正式な捜査がらみじゃあないんですね。」
 「…相変わらず鋭いよねぇ。」

襟ぐりの優しいドレープがファニーフェイスに甘くお似合いの、
淡いキャメルのモヘアニットのトップスに、
チョコレート色の巻きスカートが愛らしい。
そんな幼げな風貌でありながら、
先程の隠しカメラの仕掛けといい、
油断も隙もない天災、もとえ天才少女のひなげしさんが、
にんまり笑いつつ付け足したお言いようへ。
敵わないなぁと、だが否定はしないまま、
憎めない実直さを含ませた、健やかな苦笑をこぼした敏腕刑事殿。

 「……。」
 「判りました。話を進めます。」

先程不埒な痴漢を蹴り飛ばした
厚底トレッキングシューズに合わせたのだろ、
タイトなスキニーは、だがだが、
腰回りにミニスカートもどきがついている可愛いもので。
襟元にふわふわのファーのポンポンが
コサージュみたいに飾られている
ゆる生地のコーデュロイジャケットと、
裾丈が同じくらいのチェックのネルシャツを合わせるという、
彼女にはめずらしくもひらひらした印象の紅ばらさんが、
中身は変わらぬか、ちろりんと鋭い視線を寄越したものだから、
単刀直入にお話ししますよと口を割った佐伯さんが言うことにゃ。


  君らが世直しさながらに
  ここいらで問題起こす輩を薙ぎ倒して回ってるって噂があってね


という、まったくもって覚えのない事案の真偽を、
こそりと調べておいだだったらしい…というお話だったのでありました。





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  *もちょっと続く。


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